心の声を聴きながら
好きなものがたくさんある。心の整理、日々の記録のため 、自分の経験したこと、心に浮かんだことを書いています。

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Author:hutotaro
自由気ままなマイペース型主婦
2007年、大学通信課程児童学科、
リトミック教員養成校を卒業
子どもに接する仕事&リトミックをしています 



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高尾山に行く その2

2008/06/30

頂上で、案内してくれた方と別れました。
名前も伺いませんでしたが、横浜の方だそうです。

頂上のベンチでしばらく休んでから、下り始めました。

下り始めたときは、ちょうど1人きりで、ほの暗い道を下りていくのは、
心細い感じ。
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薬王院のあたりまで下りると、明るく開けてほっとしました。

行きは頂上を急ぎ、ゆっくり見られませんでしたので、
今度はじっくり見ました。

神仏混淆と言うのか、いろいろな神様を祀っています。

お稲荷様
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たくさんの下駄が奉納されている  
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縁結びのお社
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息子のためにお参りしました

飯縄権現堂の両脇を守っている天狗 
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薬王院前の茶店「もみじや」で、とろろそばを食べました。
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このおそば、麺がうどんのように太くて、とろろはしっかり粘り気があって、
甘辛いおだしです。

店からは遠くが見晴らせました。


帰りはケーブルカーに乗らず、下りましたが、
道はきちんとなっているものの、坂道は雨ですべりやすくて、
けっこう筋肉使いました。

遠くに団地などが見えます。
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茶店から2,4kmの行程を45分かかって、ふもとに着きました。

湿った森の空気を吸って、たくさん歩いて、健康的な1日だったなあと
満足しました。

これに味をしめて、近場の山にまた行こうかなと、思っているのです。






高尾山に行く

2008/06/29

27日に高尾山に行きました。

職場に山歩きの好きな人たちがいて、話を聞くと楽しそう。
体も少し鍛えないといけないし。

暇なときには、近場の山をハイキングをしてみようという気になって、
その第1弾が高尾山です。

高尾山はミシュランの3つ星だそうですね。
東京の人にはなじみの山だそうですが、私には全く基礎知識のない山。

新宿から京王線で約1時間で到着。

新宿駅でケーブルカーもセットになった高尾山割引切符を買って乗りました。
2割引だそうですが、思ったより安い。


京王線高尾山口駅
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ちょっと歩いてケーブルカーの駅へ
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ケーブルカー
こんなのを見ると、山に来た感じがします
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ケーブルカーで向かいに座った、アンパンを食べていたおばあちゃんが
話しかけてきました。

私が初めてだと言うと、もう何十回も来ているので、頂上まで
ご案内しましょうということになって、一緒に登りました。

植物が好きな方らしく、いろいろな野草や木の説明をしてくれました。
私も植物は好きですが、知らない野草ばかりです。

うっそうと茂った杉木立の表参道を行く
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ちょっと日光の杉並木を思い出しました。

恥ずかしながら、私は今まで高尾山が霊山であり、
修験者の信仰の場であることを知りませんでした。

単なる近場のハイキングの山と思っていたのです。

高尾山の薬王院は、聖武天皇時代に行基が開いたお寺だそうです。

本殿の飯縄権現堂  東京都の有形文化財
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江戸後期の建築


さらに登って、599mの頂上から見た景色
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かすんでよく見えません。

よく整備された頂上は食べ物屋もあって、遠足の小学生達もいて、にぎやかでした。

次回へ続く。



鬼子母神

2008/06/23

先週、都電荒川線で鬼子母神に行きました。(この駅、女子大に近いです)

鬼子母神参道
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樹齢600年 高さ30mの公孫樹
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本堂  屋根が反射で真っ白に写ってしまった・・
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土日は境内の駄菓子屋さんが開いているそうですが、
この日は平日だったので、残念ながら閉まってました。

ほんとうに昔ながらの駄菓子屋さんです。
今は季節ではありませんが、ススキで作ったみみずくが有名だそうです。

境内にはみみずくの像がありましたよ。
副都心線 010_R


本堂でお参りをした後、そばのおみくじをひいてみると、「大吉」。
(これで私の鬼子母神に対する印象は大変よいものになりました)(笑)

気をよくして、絵馬のストラップとお守りを買ってしまいました。


この近くに「赤丸ベーカリー」というパン屋さんがあります。
ここの奥さんとは知り合いなのです。

そんなに大きな店ではありませんが、その分、行き届いて、パンはとても美味しいです。

私はパンが好きで、いろいろな店のパンを食べてきましたが、
ここのはお勧めですし、値段も高くありません。

数日前に、フジテレビの「はぴふる」という番組で紹介されたようで、
急に忙しくなってしまったそうです。

「赤丸ラスク」は地方発送もしていますとのこと。

都電の「鬼子母神駅」は、今月14日に開通した地下鉄 副都心線の「雑司ヶ谷駅」
と隣接しています。   (ふくとしんせんと打ったら、「服と新鮮」と誤変換!)

都電荒川線にも「雑司ヶ谷駅」があるのですが、乗り換え駅は「鬼子母神」のほう。
間違えないように。

雑司ヶ谷駅から副都心線に乗ってみました。


副都心線 雑司ヶ谷駅
副都心線 013_R


新宿三丁目で降りました。
もう混んでないし、どうということもなかったです。

新宿三丁目ホーム
副都心線 016_R


副都心線 017_R





仕事復帰の日々

2008/06/18

肺炎もすっかりよくなり、仕事に復帰してます。

最初、なんとなく気後れするような気持ちで出勤しましたが、
職員みんなが、いたわりの声をかけてくれたので、安心しました。

子ども達は、私がいなかったことも気づかなかったように
いつもと変わりなく「遊ぼう!」と集まってくれました。

無口で個性的なR子ちゃんは、黙って私のそばに立っています。
でも、これがR子ちゃんの挨拶なのです。

私とR子ちゃんは、とても心が通じるのです。

「R子ちゃん!」と声をかけて、肩に手をかけてやると
黙って、満足気に去っていきました。

R子ちゃんが挨拶に来てくれたのが、うれしかった。

仕事ってやっぱりいいなあ、仕事ができるって幸せ、
と改めて感じました。

不調もたまにはいいものですね。

平凡な毎日が幸せであったことに気づかされます。




世田谷文学館

2008/06/16

世田谷文学館に行ってきました。
京王線 芦花公園駅から歩いて5分ほどです。

世田谷 002_R


世田谷ゆかりの作家達の原稿や本が展示されていました。

ゴジラや映写機も展示されてました。

最近、熱心に読んだ萩原朔太郎の塑像もありました。
世田谷 004_R
萩原葉子が寄贈したそうです。

来館者は私1人だけで、館の方が「『ムットーニーのからくり劇場』を
お見せしましょうか」と言ってくださったので、
箱の中のからくり劇場をみせてもらいました。

1人だけ座って、からくりが動いてるのを見ているのは、
なんか気恥ずかしかったです。

(ムットーニとは作者の武藤さんという方のことだそうです)

世田谷にはずいぶん多くの有名作家が住んでいたんだなあと
思いました。


さて、東京に引っ越すことになって、住むところを探していた時、
候補に挙げていたマンションが
この近くにあったことを思い出しました。

結局、今の所にしたのですが、あの頃はまだ建つ前でした。
どんな風になっているのか、行ってみました。

今はこんなふうになってました。
赤レンガの門がステキです。
世田谷 006_R


世田谷 007_R
緑が多いです。

ここに住んだとしたらどうだったでしょう。

いろいろ、想像してみました。




最近、おもしろかった本

2008/06/12

私はかなりの本好きで、1日として読む本がなかったことがありません。

もう、通信の勉強はしなくてよいので、好きな本ばかり読んでいます。

思いつくままの乱読で、机の上にはいつも数冊重ねてあります。

1日の終わりに、(ああ、あの本が読める)と思うことは
幸せなことです。

しかし、このブログにあまり本のことを書いてきませんでした。

というのも、家族に本を書く者がおり、その書く苦しみを見ていたので、
簡単に本の紹介などできない気がしていたのです。

ですけど、萩原葉子の本のことを書いたついでに、
最近までちょっと、はまってた本をご紹介。

それは、米原万里さんや田丸久美子さんたちのエッセイです。
米原さんは残念ながら亡くなられましたが、お二人は同時通訳者です。

同時通訳の人の本は、文句なくおもしろい!
はずれたためしがない。

他人の頭の中の思想やら表現を、自分の頭の中で理解して、
別の言語に置きかえるという高度な作業を日常的にしているので、
わかりやすく、無駄がない。

文章の達人になっておられるんでしょうね。
それにすごい博識で、サービス精神も旺盛。

いろんな国際会議、商談、観光などの通訳をするため
様々な分野の勉強をされてるんでしょう。

私が読んだ米原万里さんの本

 『嘘つきアーニャの真っ赤な冒険』
 『ガセネッタ&(と)シモネッタ』
 『打ちのめされるようなすごい本』
 『不実な美女か貞淑な醜女か』
 『旅行者の朝食』

田丸公美子さんの本

 『パーネ・アモーレ −イタリア語通訳奮闘記』
 『シモネッタのデカメロン −イタリア的恋愛のススメ』

おもしろくて、新しい世界を見せてくれて、ちょっと尊敬もしてしまって
読みました。





読みふける

2008/06/11

2週間の闘病中には、ほとんど外出もせず家で過ごしました。
仕事は結局3日休みました。
安静にするよう言われましたし。

本当に調子が悪いときは、本も読めないものです。

それでも、退屈してかなり時間を持て余しました。

そんな時、ちょうどマイブームの再燃が起きていて、
萩原葉子の『父 萩原朔太郎』を読みたくなりました。

それから次々と・・。

『蕁麻の家』が話題になった20数年前頃、読んだことがあるけど、
また読んでみたら、強烈で露悪的で、おもしろくておもしろくて
1日中、読みふけりました。

フィクションかノンフィクションか・・・・。

思い込みか被害妄想か、真実か、いや、事実があったかどうかということより
作者がそう感じたということのほうが大切だ・・・
なんて考えるのもおもしろいことでした。

朔太郎が肺炎で亡くなった、なんていうところを読むと、
私も肺炎だしな・・と思ったりして。

この4冊を読みました。

 『父 萩原朔太郎』
 『朔太郎とおだまきの花』
 『小綬鶏の家』
 『蕁麻の家 3部作』

仕事にも行かず、本の世界に入った何日間かでした。




やっとよくなってきました

2008/06/10

2週間近くかかって、やっと体の調子がよくなってきました。

こんないい季節なのにひどくなってしまい、直るのに時間がかかったものです。

今回、右の胸が痛くなって、「半年前に肺に影があると言われてCTを撮った」と、
お医者さんに話したところ、
レントゲンを撮られ、そうしたら、肺のみぞおちあたりに影がありました。

「念のため、またCTを撮りましょう」と言うことになって、
昨日、別の健診センターへ行ってきたのですよ。

まだ、その結果は明日、診察を受けないとわからないのですが、
昨日CTを撮った時は、まだ、胸が痛かったので
きっと、まだ影が出ていると思います。

なんと言われるかなあ。

自分では調子が戻ってきたのがわかるので、
なんと言われようと、もう直った気でいるのですが・・。
(人の言うことはあまり聞かないタイプ)

いずれにしても、今回のことでは、自分のこといろいろ考えさせられました。



闘病中

2008/06/06

先週、「風邪をひきました」と書いたけど、まだ闘病中です。

ずっと咳がひどくて、今週月曜日には声が出なくなってしまいました。

でも、すぐ直るだろうと過信してました。
1週間たっても直らないので、昨日、やっと病院に行きました。

レントゲンを撮って、どうやら「マイコプラズマ肺炎」になっているらしいとのこと。
(血液検査の結果は明日わかるので、まだ診断はついてません)

リトミックは声が出ないので休んだけど、それ以外の仕事はなんとか出てました。
職場の若い人が、
「ほんとによく風邪ひきますね。私が知ってるだけでも、1年に10回はひいてますよね。」

おい、そんなにひいてないぞ!)
と言いたいけど、みんなの印象に残るくらいの風邪は今回で4度目だ。
3月はひと月間、調子悪かったし・・。

「私など何十年も子どもと接していても、風邪ひとつひかない。
気を張って忙しくしていると、風邪を引く暇もない。」
と、微妙な施設の方から言われたりして・・。

ええ、私の心がけが悪うございました。」

自分でもどうにかしたいんですが・・。

今の希望は元気になって、上高地か尾瀬に行きたいよ!
               (空気のきれいな所)




誕生会

2008/06/02

昨日、遅ればせながら上の息子の誕生会をしました。

家族の都合がなかなか合わず、半月過ぎてしまいましたが。

今まではちょっとリッチな外食もいいと思ったけど、今回は手料理とお寿司。

誕生会 001_R


息子たちもしっかりした社会人になってしまいました。
話題も仕事のことが中心。

親よりずっと、広い世界に生きているなあと思います。

会うたびに、どんどん成長していくようでうれしいことです。
(その反面、こちらは歳をとっていくなあ)

「今までで一番楽しいのは、今」という息子の言葉に、夫も嬉しそうでありました。