心の声を聴きながら
好きなものがたくさんある。心の整理、日々の記録のため 、自分の経験したこと、心に浮かんだことを書いています。

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Author:hutotaro
自由気ままなマイペース型主婦
2007年、大学通信課程児童学科、
リトミック教員養成校を卒業
子どもに接する仕事&リトミックをしています 



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おもちゃ美術館

2008/11/18

先日、四谷にある「東京おもちゃ美術館」に行ってきました。

東京メトロ丸の内線、四谷三丁目の駅から歩いて5分ほどの所でした。

11-16 001_R

今年の4月に、旧四谷第四小学校跡地に移転してきたものだそうです。

小学校の校舎がそのまま新宿区の「四谷ひろば」という
地域の交流の場になっており、そこにおもちゃ美術館もありました。

人形、パズル、からくりおもちゃ、動くおもちゃ、こま、音の出るもの(楽器)など、
外国のおもちゃや、昔ながらのおもちゃがありました。

小さい子どもたちもたくさん来ていて、おもちゃに触れながら遊んでいました。

私は木のおもちゃが大好きなので、いつまで見ていても飽きません。
特にこまはいろいろな種類があって、欲しくなってしまいました。
(売っていました)

暗くてピンボケですが、私の好きなタイプの木の家や人形。
11-16 004_R

こういうところで遊べる子って幸せだなあって思いました。

パズルなんかは難しいものもあって、小さいうちからこういうおもちゃで遊ぶと
知能も高くなりそう。


各部屋に赤いエプロンをつけたボランティアさんがいて、いろいろ説明をしてくれました。
おもちゃ工作もやっていましたよ。

この日は「投扇興」という昔の遊びをやっていて、私もやらせてもらいました。
風流なお座敷遊びのようですが、扇を投げるのはなかなか難しかったです。

自分の子どもが小さかったら、絶対連れて行くぞ!って思いました。
大きくなっても楽しい所です。

東京おもちゃ美術館





ダーウィン展

2008/04/27

上野の国立科学博物館で行われているダーウィン展に行ってきました。

科学博物館 006_R


ダーウィンは裕福で、生涯、生活のために働く必要がなかったため
研究に没頭できたのだということを、以前に知り、
「な〜んだ、それっていいなあ」と、思ってました。


「ダーウィンの進化論は、恵まれた生活があったから生まれたもの?」
と、そのあたりを探りに行こうかなと。

ダーウィンの母方の祖父は、陶器で有名なウエッジウッドの創業者で、
妻のエマもまた、ウエッジウッド家の出で多額の持参金を持って嫁いできたのです。

ダーウィンは父の遺産、妻の持参金を運用して暮らしていたとか。
(こんなことは展示されてませんでしたが)

もちろん、進化論に至る経緯、業績についても詳しく展示されていました。


この科学博物館は、常設展も大変おもしろい。
(他の所でも思うけど、企画展より常設展のほうがずっと充実している)


地球館のB1F、B2Fには恐竜の骨格の展示がいっぱいあって、小さい子は
大喜びでした。

私が最もおもしろかったのは、1Fの鯨の小腸にいる寄生虫と、
牛の胃から肛門までの腸の展示(すごく長い)です。
(人って気持ち悪いものを好むんでしょうかね)


3Fは動物の剥製がいっぱい。

ピンボケ写真ですが、薄暗い照明の中、哺乳類の剥製がこちらを向いているのは
壮観で、ちょっと気味が悪い。

科学博物館 003_R
(どうしてこんなに剥製を集めたのだろうという素朴な疑問)

すべてをじっくり見るには、丸1日かかりそうです。

ミュージアムショップで、フリーズドライの宇宙食を買いたいと思いましたが、
(買ってどうする)という心の声に従いました。

その代わり、2つの液を混ぜると光りだす「ホタル液」というのを買いました。
これで遊んでみます。




ブルーノ・ムナーリ展

2007/12/07

板橋区立美術館で行われている「生誕100年、ブルーノ・ムナーリ展」へ行ってきました。
ブルーノ・ムナーリは98年に亡くなったイタリアのデザイナー、造形作家、絵本作家です。

20071207100035.jpg

板橋区立美術館は都営地下鉄三田線の西高島平駅から徒歩13分。


絵本が多く展示され、手にとって見ることもできます。
絵本は読むお話というより、色や形を楽しむものがほとんどです。
「読めない本」シリーズというのだそうです。

フォークを指に見立てて、チョキや指さしなどいろいろな形が
並べてあるおもしろい額がありました。
forchette_0S_R.jpg
これは絵本の表紙ですが。


大型の本と思って開いたら、本とも言えないような
数枚の色画用紙を束ねたもの、布、木などの小さな本が12個入っていました。
prelibri_case_closeSS.jpg
『絵本に出会う前の本』

hon.jpg


ムナーリの絵本は、ただ見るだけでなく、触ったり、
次のページはどうなっているかと、期待させるような遊び心のある本です。

ムナーリの代表作という『暗い夜に』という本
nella_notte_buia_0S_R.jpg

美術館の売店で売っていたので、買ってもいいかなと手に取ったら
輸入版で5,500円!

きっと、紙に穴を空けたり、紙の種類を変えたりと
手間がかかるからでしょう。

そのかわり、駒形克己さんという絵本作家の本をここで知りました。
ムノーリ的なアイディアのある絵本で、色が大変美しい。

kazega-s.jpg

『かせがはこぶおと』という絵本を買ってしまいました。

ページをめくると、次のページの色が見え、その色の重なり具合が、
それはそれは、きれいです。




岡倉天心展

2007/11/20

上野の東京藝大美術館で18日まで、東京藝術大学創立120周年企画
「岡倉天心―芸術教育の歩み」展をやっていました。
お天気のよかったある日、行ってきました。

20071120152029.jpg
美術館入り口

岡倉天心のことは教科書に載っていた人、「茶の本」を英語で書いた人
ということくらいしか知りませんでした。

20071120152014.jpg
芸大構内にあった岡倉天心像

年譜を詳しく見ていたら、この時代のせいなのでしょうが、へえ〜と思うことがいくつもありました。

・14歳で東京大学文学部2年生になったこと。
(入学していた東京開成学校が、翌年、東京大学になったためですが)

・17歳で卒業して、文部官僚になったこと。
(17歳で官僚ですか!)

・その前年、16歳で結婚したこと。妻は13歳。
(学生結婚で、しかも若すぎる!)
・卒論(英文)を提出前に妻に焼かれてしまったこと。
(けんかのせいらしい!)
(今のようにコピーもパソコンもない時代、困っただろうね)

・27歳で東京美術学校の校長になったこと。

今の感覚からすると、何もかも異例に早いのに驚きます。
いくら時代が違うとはいえ、やっぱり早熟で天才的な人だったのかも。

英語も大変に堪能で、芸術を見る目も優れていて、やり手であったようです。
ですが、美術学校では反発も受け、35歳の時には職を辞してしまいます。

でも、真の国際人だったようですね。
1906年に「茶の本」を(英文)アメリカで出版し、全米のベストセラーになったというのは驚きです。
しかし、日本語に翻訳されたのは、1929年という遅さ。

またこの展覧会では、作品もたくさん展示してありました。

橋本雅邦、高村光雲、狩野芳崖など教授陣の作品、、
また、横山大観、下村観山、菱田春草などの卒業生の卒業制作も
すばらしいものでした。

私は、前々から明治期の人の力量はすごいなと思っていたのですが、
改めて、ここでも感じました。




オランダ風俗画家展

2007/11/17

12月17日まで、国立新美術館で行われている
“フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画家展”に
行ってきました。

20071114230150.jpg


混んでいるという情報は聞いていたのですが、
もう開催されてから1ヵ月半も経つし、平日だし、そうでもないだろうと思っていました。
でも、かなり混んでました。

人の肩越しに絵を見たりしながら、目玉の「牛乳を注ぐ女」のところへ。
この絵は特別扱いで、部屋の中に1点だけ展示してありました。
また、映像で詳しい説明も流してました。

20071114225401.jpg

実際に見ると、画面の中のものがくっりきと浮かび上がってくるような感じの絵です。
音のない映画の一場面を見てるような感じ。

このオランダ風俗画展が、どこか落ち着いた好もしい感じを受けたのは、
裸婦とか、お姫様の肖像画でなく、中流市民の家の中の様子と、
そこで黙々と働いている女たちの絵が多かったせいではないでしょうか。

淡々とした静かな日常生活の様子が浮かんできます。
そこには、実際に働く女への賛美があるように思えるのです。

フェルメールは寡作で、生涯で30数点しか作品を残していないそうです。
とても丁寧に絵を描いていた人のようです。