心の声を聴きながら
好きなものがたくさんある。心の整理、日々の記録のため 、自分の経験したこと、心に浮かんだことを書いています。

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Author:hutotaro
自由気ままなマイペース型主婦
2007年、大学通信課程児童学科、
リトミック教員養成校を卒業
子どもに接する仕事&リトミックをしています 



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モラル・ハラスメントについて再び

2008/09/11

今日はまじめな話。

7月から、男女平等推進センターの情報誌「えぽっく・めいかー」の
編集を手伝ってきました。

今回のテーマは、7月26日に載せましたが、
モラル・ハラスメント

私の担当は、モラル・ハラスメントに関する本と相談窓口の紹介記事を書くことです。

9月1日が原稿締め切りで、8日に皆でゲラの校正がありました。

それまでの間、紹介するため、いくつかの本を読みました。
熊谷早智子さんの『家庭モラル・ハラスメント』(講談社+α新書)は、強いインパクトがありました。

こんな生活、どうして19年も我慢していたのだろうかと、不可解な気持ちで読みましたが、
被害者になる人は、AC(アダルト・チルドレン)が多いと知りました。

ACは緊張の続く家庭内で育ち、自分さえいい子にしていればもめ事は起こらないと考え、
大人の顔色を見ながら成長してきた子どもです。

AC的人格と自己愛型人格障害者は、被害者・加害者の関係として、
モラル・ハラスメントが生まれやすいのだそうです。

熊谷さんの本は、夜に読み始めてすぐに引き込まれ、3時間くらいで読み終えました。

「血も凍るような」という表現がありますが、まさにそんな感じになり、体をこわばらせながら、
どうなっていくのだろうと、思いながら読みました。

次の朝起きると、左肩の筋を違えたような痛みがあり、腕が上がらなくなっていました。
その症状は10日くらい続きました。

ほかに思い当たる理由もないので、熊谷さんの本を読んで本当に体がこわばってしまったのだ
と思わざるをえませんでした。

こう書くと、本の内容はすごいと思われそうですが、それともちょっと違います。
全体的にいや〜な感じの繰り返しなのです。

日常の些細なことで常に受け続ける圧迫感、それが、癒しの場所であるはずの家庭の
すべてであった、ということの恐ろしさが迫ってきたのです。

肉体的暴力は目に見えるし、傷つきがわかるけど、心への暴力は見えない。

深く傷つくまで、気がつかないということのほうが、ずっと恐ろしいのかもしれません。





最近、おもしろかった本

2008/06/12

私はかなりの本好きで、1日として読む本がなかったことがありません。

もう、通信の勉強はしなくてよいので、好きな本ばかり読んでいます。

思いつくままの乱読で、机の上にはいつも数冊重ねてあります。

1日の終わりに、(ああ、あの本が読める)と思うことは
幸せなことです。

しかし、このブログにあまり本のことを書いてきませんでした。

というのも、家族に本を書く者がおり、その書く苦しみを見ていたので、
簡単に本の紹介などできない気がしていたのです。

ですけど、萩原葉子の本のことを書いたついでに、
最近までちょっと、はまってた本をご紹介。

それは、米原万里さんや田丸久美子さんたちのエッセイです。
米原さんは残念ながら亡くなられましたが、お二人は同時通訳者です。

同時通訳の人の本は、文句なくおもしろい!
はずれたためしがない。

他人の頭の中の思想やら表現を、自分の頭の中で理解して、
別の言語に置きかえるという高度な作業を日常的にしているので、
わかりやすく、無駄がない。

文章の達人になっておられるんでしょうね。
それにすごい博識で、サービス精神も旺盛。

いろんな国際会議、商談、観光などの通訳をするため
様々な分野の勉強をされてるんでしょう。

私が読んだ米原万里さんの本

 『嘘つきアーニャの真っ赤な冒険』
 『ガセネッタ&(と)シモネッタ』
 『打ちのめされるようなすごい本』
 『不実な美女か貞淑な醜女か』
 『旅行者の朝食』

田丸公美子さんの本

 『パーネ・アモーレ −イタリア語通訳奮闘記』
 『シモネッタのデカメロン −イタリア的恋愛のススメ』

おもしろくて、新しい世界を見せてくれて、ちょっと尊敬もしてしまって
読みました。





読みふける

2008/06/11

2週間の闘病中には、ほとんど外出もせず家で過ごしました。
仕事は結局3日休みました。
安静にするよう言われましたし。

本当に調子が悪いときは、本も読めないものです。

それでも、退屈してかなり時間を持て余しました。

そんな時、ちょうどマイブームの再燃が起きていて、
萩原葉子の『父 萩原朔太郎』を読みたくなりました。

それから次々と・・。

『蕁麻の家』が話題になった20数年前頃、読んだことがあるけど、
また読んでみたら、強烈で露悪的で、おもしろくておもしろくて
1日中、読みふけりました。

フィクションかノンフィクションか・・・・。

思い込みか被害妄想か、真実か、いや、事実があったかどうかということより
作者がそう感じたということのほうが大切だ・・・
なんて考えるのもおもしろいことでした。

朔太郎が肺炎で亡くなった、なんていうところを読むと、
私も肺炎だしな・・と思ったりして。

この4冊を読みました。

 『父 萩原朔太郎』
 『朔太郎とおだまきの花』
 『小綬鶏の家』
 『蕁麻の家 3部作』

仕事にも行かず、本の世界に入った何日間かでした。




『変わる家族 変わる食卓』

2007/12/16

この本は新聞に紹介されているのを見て、興味を持って読んでみた。
最近出た本かと思ったら、2003年の本だった。(岩村暢子著 勁草書房)

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60年代以降に生まれた主婦を対象に、1週間の家族の食事を
調査したものである。

実際に本を読んでみて、今の家庭食はこんなになってしまっているのか
という驚きを禁じえない。

それと同時に、そうかもしれないという気もしてくる。

私も実際に、職場の30代の女性のお菓子かおやつか、
という昼食に驚いたものだ。
栄養のバランスも何も考えていない。
ただ、幼児っぽい好みだけが優先している。

どうしてそんなに粗末な(と、私には感じられた)ものを
わざわざ選んで買ってくるのか、いぶかしく思ったものだ。

そのような食事は例外ではないことが、この本でわかった。

あるべき食事、きちんとした食事という姿は消えようとしているのかもしれない。

主婦が食事を作ることに頑張らない、楽をすることを第1とする発想になってきた。
食べることより遊ぶこと、楽しくしていることを選ぶ。
惣菜、テイクアウト、出前、外食が幅を利かせる。

家族みんなで一緒のものを食べるのではなく、
好きなものを勝手に食べるということも日常化しているそうだ。
嫌いなものを無理に食べることも、食べさせることもない。

あまりにも多くの事例が書かれていて、一つ一つ取り上げることはできないけど、
食事から、確かに変わったと感じられる社会や家族の様子が見えてくる。

私だって食事作りは負担に感じるし、楽をしたいと思う。
でも、食を軽視するのは嘆かわしいなあ。

やっぱり人は何を食べているかで人間性がわかると思うよ。




国際子ども図書館

2007/11/21

東京藝術大学創立120周年展を見た後、近くの国際子ども図書館に寄ってみました。
ここは国会図書館の支部図書館だそうです。

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行って見ると、重厚な建物でした。
1906年に創建された帝国図書館の建物だそうです。

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内部の扉や階段、灯りもレトロですてきな感じ。

1階は「子どものへや」として、絵本や読み物があったり、
「お話会」専用の部屋もありました。

2階は資料室で日本や外国の児童書や資料が閲覧できます。

3階は天井の高い広々したホールがありました。
「メディアふれあいコーナー」があって、パソコンで、
朗読の音声を聴きながら、絵本を見られます。

この「絵本ギャラリー」はネットでも見られます。
http://www.kodomo.go.jp/gallery/transmission/index.html

また、3階の「本のミュージアム」では、野間国際絵本原画コンクールの
入賞作品の展示がありました。

主催がユネスコ・アジア文化センターということで、アジア・アフリカ・ラテンアメリカの
絵本でしたが、きれいな絵ばかり。
絵本の原画というのはきれいなものですね。

個人貸し出しはしていないせいか、利用者は少なく閑散としていました。
1階には庭に面して、しゃれたカフェテリアもありました。

上野の散策に疲れたとき、この静かな空間は穴場だなあと思いました。